2020-11-24

落ち葉のじゅうたん一面を覆う 紅葉谷公園秋色に輝く

落ち葉のじゅうたんが、一面を覆っていました。


紅葉の色どりを求めて、世界遺産宮島を散策。紅葉谷公園に来ました。


先週の木曜日、強風でほとんどの葉が散りましたが、一部の木の葉は秋色に輝いていました。



疫病が流行っているので、早朝に一人で船を走らせてここにやってきたのは、人混みを避けたかったから。閑散とした雰囲気は、おもむきがあります。



島内散策後、正午ごろこのあたりに来ると、モミジの葉の向こうは絶え間ない人の姿。


あっしもその一人となりましたが、こんな世の中に多くの人。行き交う人が紅葉を楽しんでいました。


#モミジ #紅葉 #散る #秋 #黄色 #染まる #宮島 #世界遺産 #Maple #Autumn_leaves #Scattering #Autumn #Yellow #Dyed #Miyajima #World_heritage


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2020-11-23

自家用船世界遺産にGO! 宮島をロケハン

早朝のクルージング。目的地の桟橋が近づいてきました。



秋の深まりと床に、世界遺産安芸の宮島に。はるか彼方に見えます。


遠方からいらっしゃた知人・友人のアテンドするためのロケハンとして、船を走らせること40分。宮島町にあるビジターバースに到着しました。


ここは、プライベート浮桟橋。事前に予約した人しか利用できません。来るべき、その日のために事前準備です。

一人ぼっちで接岸。世界遺産の地を踏みました。住んでいる島から目の前にありますが、陸路では3時間ほどかかります。
宮島は以前から訪れていたので、路地裏までインプットされていますが、時の隔たりで様変わりしている場所もありました。
今日も、多くの観光客がいらっしゃいましたが、あっしのような手段で到着したのはほんの一握り。このあたりは遠浅で、漁業探知機の水深を見ながらヒヤヒヤ。大鳥居素には、近づけませんでした。


昼過ぎから強い風なので、そのまま帰宅。魚は命拾いです(笑)



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2020-11-22

太陽の恵みミカン収穫 畑に響くハサミの音

「パチン」「パチン」。ハサミの音が畑に響いていました。


我が家のミカンの収穫が始まりました。山の中を通り視界が開けた場所にあります。ここに家があると「ポツン」となりそうな場所。すべての畑を合わせると、200本あまりを栽培しています。


今年は、裏年にあたり収穫量が少ない年。それに加え、人間より先にイノシシが試食したので収穫減。ミカンを雑に食べ枝も折られることも。


夏は午前4時30分から農作業することも。夏の暑さをしのぐための工夫です。
ミカンの肥料にするため収穫を終えた稲わらは畑に。
ようやくこの日を迎えました。


太陽の恵みをいっぱい浴びたミカンが輝いていました。


ミカン栽培の一年がようやく終わろうとしています。この家に生まれた運命なので、仕方がないですが。

このあたりも、年を追うごとに耕作放棄地も増えてきましたが、持続可能なミカン栽培を考えています。

#みかん狩り #ミカン #ミカン出荷 #早生みかん #みかん


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2020-11-21

緑のシート海に浮かぶ 笠磯灯標工事始まる

緑色のシートに覆われた灯標が浮かんでいました。


いつものように、近くの海に。日常でも、人ごみに無縁の地域に住んでいますが、ボッチクルージングでマスクを外し、潮風を深呼吸しています。

かなたに緑色の灯標を見っけました。


孤立障害標識の笠磯灯標。
小さな障害物が存在することを示す孤立障害標識。
周囲は通航可能ですが、あまり近寄りすぎるのは危険な場所。


ということで、このあたりは磯となり、魚のすみか。
黒地に赤の横帯が1本以上。トップ・マークは、黒色球形2個が付きます。


穏やかな瀬戸内海に緑色の灯標。来年2月20日まで、工事が続きます。



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2020-11-20

文化放送「走れ!歌謡曲」来年3月終了 初代AD かぜ耕士と走り終える

令和2年11月19日 午前3時27分。ラジオの番組で突然の告知でした。



文化放送ロゴ
走れ歌謡曲をお聞きの皆さんに文化放送からのお知らせです。

昭和43年、『走れ!歌謡曲』は、暗い深夜の国道を走るドライバーを応援するためにスタートしました。
「一人じゃないんだ日野ファミリー」昭和の走れ!歌謡曲のキャッチコピーの一つです。
それから50年あまり。
暗かった国道は外灯がともり、高速道路は北から南までつながりました。
昭和から平成、令和と時代が変わり、番組も役割を終える時がきたと感じておりました。
非常に名残り惜しいですが、『日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲』は来年3月をもって終了することになりました。
52年を超えるご愛顧ありがとうございました。


突然のにビックリ。

文化放送発祥の地
文化放送の社屋は、東京都港区浜松町一丁目31番地ですが、以前は新宿区若葉一丁目5番地。
跡地をめぐるほどのQRマニアです。

文化放送発祥の地

ウイークデイは、埼玉県川口市にある、文化放送川口送信所から自宅までおよそ700キロ。「走れ!歌謡曲」から「おはよう寺ちゃん 活動中」につながる電波を、広島の地で毎日受信しています。寺島尚正さんの写真はないので、「夜はキラキラ寺チャンネル」(1989年10月-1991年9月)のテレカを見ながら、スタジオを想像しています。

寺島尚正「夜はキラキラ寺チャンネル」テレホンカード

始めて聞いたのは、1976(昭和51)年12月。小学校6年生のときてした。2部構成のオールナイトニッポンからの鞍替えでした。

当時の系列局は、文化放送のほかにラジオ大阪(1310キロヘルツ)、東海ラジオ放送(1330キロヘルツ)、中国放送(1350キロヘルツ)。9キロヘルツセパレーションになった今でも、ダイアルを少しずつ回して同じ放送を聴いていました。

今から41年前、1979年1月、ラジオ大阪のタイムテーブルです。

ラジオ大阪タイムテーブル 1979年1月

当時は、メーンパーソナリティのほかに、東海ラジオ放送、ラジオ大阪のパーソナリティも登場していました。
ラジオ大阪タイムテーブル 1979年1月

同じ1979年1月、中国放送のタイムテーブルです。

RCCラジオタイムテーブル 1979年1月

文化放送のパーソナリティしか活字になっていません。土曜日は、平野文さんも登場。していました。

RCCラジオタイムテーブル 1979年1月


作詞家・放送作家・オールナイトニッポンをはじめラジオパーソナリティのかぜ耕士(かぜ・こうじ)さん(1944-2020)。

少しだけ、かぜさんとメッセージを交換した素敵なご縁をいただきました。

かぜさんが、

何故って俺達2人が『走れ!』の初代ADなんだもの。今に続く長寿番組を育てたの、聴取者の皆さんと、はっきり言って俺だぜ。

本年9月26日に遠い遠い世界に旅立ちました。
かぜさんの人生とともに『走れ!』も走り終えます。

#文化放送 #かぜ耕士 #走れ!歌謡曲 #日野ミッドナイトグラフィティ #東海ラジオ放送 #ラジオ大阪 #中国放送


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2020-11-19

風に揺れる残された葉 街路樹も冬支度

残された木の葉が、風に揺れていました。


海沿いの街路樹。アメリカフウが冬支度を始めています。夏には、葉が茂っていましたが、バッサリ。


今では幹を残すだけとなりました。


葉が茂っている場所も、次第に一日、一日とせん定されます。


島にも、少しずつ冬支度が進んでいました。


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2020-11-18

真っ赤な顔と目と目が合う 風格のキジ畑で遭遇

真っ赤な顔につぶらな瞳、キジの目と目が合いました。

久し振りに、この場所で遭遇しました。当分見かけなかったのでホッ。


ゆっくり歩く姿は、風格があります。こちらに気づいているはずですが、動じません。


時折、草をついばんでいます。


何事もなかったかのように、ゆっくりとゆっくりと、畑の向こうにある茂みに消えました。




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