2019-01-24

夕方の光キラリ 琥珀色の海面が揺れる

琥珀色をした海面が揺れていました。

太陽が大黒神島に暮れようとしていました。

海面は夕方の光にキラリ。

浜辺の岩もあかね色に染まっていました。

ゆっくり沈んでいく太陽に、海の色も次第に沈んでいきました。



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2019-01-23

青い空に雑草の大輪 アメリカセンダングサの美学

青い空に線香花火のような種が開いていました。
アメリカセンダングサ

アメリカセンダングサ。一言でいえば、どこにでもある雑草です。
アメリカセンダングサ

知らぬうちに、服にくっついて、なかなか取れません。

アメリカセンダングサの根元には、イノシシの通り道がありました。夜になると、出会えるかもしれません。

よく見ると、中心から放射線状に大輪が開いていました。ほぼ球体に近い形。雑草の美学とでも言いますか・・・。
アメリカセンダングサ


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2019-01-22

寒風が吹く海 カキ養殖船沖で作業

寒風が吹く海で、カキひびで作業をしている姿がありました。
船には、種付けされたカキが満載されていました。

冬の空が広がる朝、満潮を見計らって作業をしていました。

種のついたホタテガイの殻をから水が流れていました。

船は沖合いのカキいかだに。寒い冬の海で作業をしていました。

このあたりでは、カキ養殖の作業を目にすることがあります。
北風吹く中の作業に感謝して、旬の味に舌鼓を打っています。



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2019-01-21

スーパームーンの早朝 照らされる世界遺産宮島

月光の海を、広島に向かう自動車運搬船が、静かに走っていました。

1月21日(月)午後2時16分が満月のため、夕方がスーパームーンということになります。

今日の早朝、沈む月を見に西の海が見える場所に来ました。

手前の三角形の島は無人島の小黒神島、その奥にある左右に伸びる島が世界遺産宮島(厳島)も月の光に照らされていました。

まだ夜が明けきらぬうちから、行きかう漁船。船の航跡が、月の光で波紋となっていました。

海岸近くを足早に行く船。流れるように走り去っていきました。

波の音の合間に、船のエンジン音が聞こえる早朝。浜辺の木々も月の光に照らされて、浮かび上がっていました。


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2019-01-20

文机見る冬景色 宇野千代生家訪れる 

文机から外を眺めると、冬のたたずまいでした。
岩国市川西町にある宇野千代の生家に来ました。
廃屋寸前だった生家を宇野千代が修復。紅殻格子と白い漆喰の壁を備えた平屋の家屋は、宇野千代が喜寿を迎えた1974(昭和49)年に完成しました。

「自分の幸福も人の幸福も、同じように念願することの出来る境地まで、歩いていきたい」。

生家には、宇野千代の生い立ち、執筆した原稿などを展示。施設の案内で生涯を知ることができました。

岐阜県本巣市(旧本巣郡根尾村)にある樹齢1500年以上の彼岸桜の古木である「淡墨桜」が瀕死(ひんし)の状態を知り、の保護活動をしました。
その桜が庭にあり、春には花が咲きます。

宇野千代は1897(明治30)年岩国市生まれ。
1947〜1948(昭和22〜23)年にかけて「中央公論」に発表された「おはん」は、岩国を舞台にした名作で、宇野文学の白眉といわれています。
野間文芸賞、女流文学賞、芸術院賞など受賞。1990(平成2)年に岩国市名誉市民となります。
文化功労者として顕彰され、勲二等受勲。1996(平成8)年没、享年98歳。


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2019-01-19

芥川龍之介「本是山中人」 父の出身地「美和町」想い寄せた

「人生は落丁の多い本に似てゐる。一部を成してゐるとは称し難い。しかし兎に角一部を成してゐる。 芥川龍之介」

今日は天気が良かったので島を飛び出し文学の世界へ。山口県岩国市美和町の出身。浄土真宗本願寺派真教寺に来ました。

浄土真宗真教寺は龍之介父系の菩提寺にあたります。

芥川龍之介の実父、新原敏三は、山口県岩国市美和町の出身。第二次長州征伐に従軍、負傷した後、東京で牛乳販売業「耕牧舎」を経営し、実業家として成功をおさめます。龍之介は、1904(明治37)年に養父の芥川道章と養子縁組みが整い、戸籍上は芥川家の長男となりますが、実家の新原家に何かあるごとにその事態の収拾にあたりました。

碑文の「本是山中人」(もとこれさんちゅうのひと)は、龍之介の出世作、羅生門の出版祝賀会のとき会場主に書いて渡したものです。

文意は長い間文壇で謎とされていましたが、後年、彼が実父、新原敏三の出身地である、美和町生見に思いを寄せて書いたものと判明しました。




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2019-01-18

気嵐の朝 白い世界に包まれる海

カキひびの間から、温泉のように湯気が立ち上っていました。

気温が低く海水温が高く風がない気象条件で、気嵐が見られます。

島で見られるのは波が穏やかな場所の数カ所。このあたりで見られる光景です。

海からの湯気で、海面は見えなくなります。

沖合いにあるカキいかだも、白い世界にすっぽり包まれました。

カキひびのかなたも、白いスクリーン。たまに現れる、冬の景色となっています。


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