2019-01-15

起重機船「新建隆」 作業終え尾道に出港

あかね色の空に、高さ85メートルのクレーンが立っていました。
寄神建設 起重機船 新建隆

寄神建設(神戸市兵庫区)所属の起重機船「新建隆」が島で作業を終え、出港の準備をしていました。

市内では西の端と東の端で2カ所をグルリ。

係留しているアンカーブロックの上では、作業員が待機していました。

出港の時間が近づくにつれ、船も慌ただしく動きます。

無線で連絡を取りながら、接岸していたケーブルを外し、出港の準備が整いました。

タグボートにえい航され、ゆっきりと沖合いに。次の目的地、尾道に向かって静かに出港しました。
寄神建設 起重機船 新建隆


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2019-01-14

「おさん狐とめで鯛」 昔ばなし舞台ルーツ探る

むかし、瀬戸内の能美島(のみじま)の大柿(おおがき)という所に、利平爺さんという船頭が住んでおった。利平爺さんは、毎月一回、船に荷物を積んで大阪に運ぶのが仕事じゃった。
まんが日本昔ばなし おさん狐とめで鯛

地域の伝承、記録を探しているうちに、この地域で唯一取り上げられたと思われる「まんが日本昔ばなし おさん狐とめで鯛」にたどり着きました。

物語では、比治山に住む“おさん”というきつねが大柿町にやって来て大阪まで船に乗り鯛を売る話。広島のおさんぎつねは、この“おさん”の子孫じゃと言います。

物語のルーツを探しに比治山に行きましたが、収穫は無く。

江波にいた子孫のおさん狐は年齢80歳、500匹の配下を操り、京参りをして伏見に位をもらいに行ったことのあるきつねで、決して人を殺めることはなく、地元では愛される存在だったといいます。
広島電鉄江波車庫前の電停近くに像が立っていました。
大柿町の人に聞いても物語の伝承地域は分からないまま。利平爺さんの故郷、舞台のルーツを探しましたが、時間だけがいたずらに過ぎていきました。

その矢先に、女優の市原悦子(いちはら・えつこ)さんが12日午後1時31分、心不全のため都内の病院で亡くなりました。82歳でした。情景が浮かぶ口調も、もう聞くことができなくなりました。

昔ばなしのあらすじは次のとおり。

むかし、瀬戸内の能美島(のみじま)の大柿(おおがき)という所に、利平爺さんという船頭が住んでおった。利平爺さんは、毎月一回、船に荷物を積んで大阪に運ぶのが仕事じゃった。
ある年の秋のこと、利平爺さんは息子が獲った鯛を一杯積んで、二ヶ月ぶりに船を出したそうな。ところが瀬戸内海を進むうち、船底から妙な音が聞こえてきた。利平爺さんが船底に降りてみると、魚箱の中の鯛の目ん玉が飛び出しておる。
船にはきつねが一匹忍びこんでおって、そのきつねが鯛の目ん玉を吸っておったんじゃ。
結局、売り物の鯛は全部、目ん玉が飛び出してしまっておった。怒った利平爺さんはきつねを捕まえて縛りあげたが、きつねが「わしは比治(ひじ)に住む“おさん”というきつねです。鯛の目ん玉をくり抜いて吸うのが大好きで、船に忍び込んだんです…。
目ん玉が飛び出した鯛はわしが売ってきますけえ、どうか許して下さい。」と、あんまり頼むので許してやることにしたそうな。

大阪の港に着くと、おさんは魚屋に化け、目ん玉の飛びだした鯛を担いで街へ売りに出かけた。ところが、「目ん玉が飛び出して気色悪い鯛やなぁ。」「古いのとちがうか?」と、どこに行ってもさっぱり売れんかった。おさんは、ほとほと困ってしまい、きつねたちの総元締めである伏見のお稲荷大明神にお願いすることにした。
すると、お稲荷さんは「目が出ている鯛じゃから、『目出鯛(めでたい)』と言うて売り歩けば良い。コ~ン!」と告げたそうな。

おさんは早速、大阪の街で「めで鯛じゃ、瀬戸内で獲れためで鯛じゃぞ~!」と言って売って歩いた。
すると、目ん玉が飛び出した鯛は高い値段で飛ぶように売れた。おさんは鯛を全部売りつくして、意気揚々と船着き場へ戻った。
利平爺さんはそのお金で孫への土産も買うことができ、大喜びしたんじゃと。

そうして利平爺さんは、比治山に帰りたいと言うおさんを能美島まで送って行ってやったそうな。
広島のおさんぎつねは、この“おさん”の子孫じゃと言うことじゃ。


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2019-01-13

小高い山に顔を出す 起重機船「新建隆」作業進む

空から超重機船のワイヤーが下がっていました。

小高い山の上に顔を出すほどの高さ。

寄神建設(神戸市兵庫区)所属の起重機船「新建隆」。
長さ85メートル、幅36メートル、喫水3メートル。1,400トンの吊上能力があります。

日が落ちても、作業は続いていました。

作業用の明かりがともる高さ85メートルのクレーン。薄暗くなるにつれ、船体はシルエットになりました。


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2019-01-12

海上自衛隊(旧海軍兵学校)一般見学 毎回新しい発見

アーチ形の建物は、1893(明治26)年イギリス人ジョン・ダイアックによって設計された幹部候補生学校。当時としては、モダンな建物です。

今日はあいにくの天気だったので、海上自衛隊(旧海軍兵学校)の一般見学に行きました。

1917(大正6)年鉄骨煉瓦石造の大講堂を前に、傘の花が咲きました。

幾度となく足を運んでいますが、毎回新しい発見があります。

長い廊下は、2009(平成21)年11月29日から2011(平成23)年12月25日までNHKで放送されたテレビドラマ『坂の上の雲』のロケ地。

秋山真之は実際にここを歩いていたと推測されます。

桜も、まだ堅いつぼみのまま、春はまだまだ先のようです。


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2019-01-11

波の音しか聞こえない浜辺 夕日に染まる空が海に映る

暮れていく夕日に染まった空が、海に映っていました。
今日は、近くの海岸に。

浜辺近くにある浮き球を結ぶロープ、静かに波が寄せていました。

曇り空が続く毎日、数日ぶりに見る夕焼けは、徐々に姿を現していく浜辺に光っていました。

定期船か到着すると、静かな浜辺は強い波が寄せていました。

波の音しか聞こえない浜辺を一人。

振り返ると、足跡が点々と続いていました。


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2019-01-10

ピンク色の船体間近に 青い海少し染まる

海に跳ね返った光が、船体を照らしていました。

呉艦船めぐりに乗船しました。週末になると午前10時から午後3時まで、1時間ごとに出港。30分のクルーズが楽しめます。

海上自衛隊の艦船が間近に見られるのに加え、ジャパンマリンユナイテッドで建造されている船が、すぐ近くで見られます。



ピンク色の船体が海に映っていました。青い海も、少しだけ染まっていました。


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2019-01-09

アメリカフウばっさり 朝の日差し浴び系統樹に

季節に取り残された葉が風に揺れていました。
海岸沿いにあったアメリカフウの枝がばっさり。
晩秋には葉が色づきまじめていましたが、瞬く間に枝ごと採られ、冬の風が通り抜けていました。

見上げると、青い空が広がります。

朝の日差しを浴びて、進化の過程で使われる系統樹のようになっていました。


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