2026-08-12

呉湾を案内して10年 「くれない5」就航記念日

波止場の影から、白い船がゆっくりと姿を現しました。


海上から海上自衛隊の艦船を間近に見られる「呉湾艦船めぐり」を訪れました。


主力船「くれない5」がデビューしたのは、10年前の今日、8月12日。就航10周年を祝う気持ちを込めて、前日の11日に乗船しました。


初めて乗ったのは2016年9月3日。艦船めぐりの合間に、定期航路で運航されていた頃のことです。


運航会社のバンカーサプライ(広島市)とは、20年来のお付き合い。

艦船めぐりも運航開始当初から乗り続けています。当時は島から定期船で呉へ渡り、艦船めぐりを楽しんだ後、再び定期船で島へ戻るのがいつものコース。同社の船を利用して艦船めぐりに乗船する「唯一の人」と呼ばれたこともあります。


昨日も船内は多くの乗客でにぎわっていました。


この10年で日本製鉄瀬戸内製鉄所の解体が進み、海上から眺める景色にも時代の移り変わりを感じます。

就航当時に漂っていた新造船ならではのペンキの香りは時とともに消えましたが、船内はあの頃のままです。


定期船と艦船めぐりの出港時刻が重なったときに撮影した一枚。デビュー当時の面影を残したまま、10年を経た今も呉湾を駆け抜けています。



#呉湾艦船めぐり #呉観光 #くれない5 #バンカーサプライ #呉港 #呉市 #海上自衛隊 #艦船めぐり #就航10周年


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2026-08-11

今日もひとり海の上 風は秋の移ろい

雲を映し出す海面は、大理石のような模様を描いていました。


本業と家業の真ん中で、今日もひとり海の上。誰にも邪魔されない、自分だけの空間です。


沖合に浮かぶカキいかだに船を寄せし、釣り糸を垂れます。


一攫千金を夢見てはいるものの、釣果は相変わらず。



連日の猛暑で海面は生ぬるく感じる一方、吹き抜ける風にはちょっぴり秋の気配。
見上げた空も、少しずつ深い青へと表情を変え始めていました。

#海 #カキいかだ #釣り #海 #秋 #風 #江田島市



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2026-08-10

耕作放棄地に忍び寄る影 イノシシ捕獲にホッ

隙間から、こちらの様子をうかがうように見つめる瞳。


また一頭、イノシシが捕獲されました。


昼間は雑種地に身を潜め、夜の闇に紛れて活動するイノシシたち。農地を荒らし、木を手折り、穴を掘る厄介者です。

朝夕に出くわすこともありますが、とても警戒心が強く、人の気配を感じるとすぐに逃げていきます。


かつて人が育てた果樹が残る耕作放棄地は、イノシシにとって貴重な食料源。餌が豊富なため繁殖も進み、生息域は年々広がっています。

今年は姿を見かけることが多く、今朝は息絶えた一頭を目にしました。

愛嬌のある顔をしていますが、近づくと、けだもの特有の臭いが鼻を突きます。


もうすぐ水稲の収穫期。水田で運動会をされたこともありました。たかが一頭ですが、ちょっぴりホッ。



#鳥獣被害 #有害鳥獣捕獲 #耕作放棄地 #鳥獣対策 #イノシシ #獣害対策 #江田島市


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2026-08-09

カキ棚に下がる白い殻 夏の日差しに輝く海

ホタテの貝殻に、カキの幼生が付着していました。白いご飯にゴマ塩をまぶしたようです。


カキ棚につるされた白い姿は夏の風物詩です。


カキの幼生は、6月から9月ごろに、海中に放出した卵と精子が受精して生まれる赤ちゃんです。2週間ほどプランクトンとして海中を泳ぎ回り、殻の大きさが約0.3ミリになると岩やホタテの貝殻に付着して固定生活を始めます。

幼生が付着したホタテの貝殻を、浅瀬の抑制棚(カキ棚)へ移します。潮位差の大きい瀬戸内海の特性を生かし、潮が引くたびに空気にさらすことで、厳しい自然に耐える強いカキへと鍛え上げるためです。


次第に満潮に近づいてきました。しばらくするとカキ棚も、海中に没していきます。


沖合では、ホタテの貝殻を運ぶ船が行き交っていました。



潮の満ち引きに鍛えられ、黒い姿へと変わっていきます。夏の日差しを受けて眩しく輝く、つかの間の白い海辺です。

#カキ養殖 #牡蠣 #カキ棚 #抑制棚 #夏の風物詩 #海 #漁業 #瀬戸内海 #広島カキ #ホタテ #江田島市



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2026-08-08

1カ月以上降雨ない畑 乾燥被害に雨乞いしたい気分

ミカンの実を指で押すと、凹んだまま戻ってきません。その感触は、水分を失ったスポンジのようです。


7月8日に梅雨が明けて以来、まとまった雨は一度も降らず、土はすっかり乾ききってしまいました。

植えて間もない若いミカンの木は葉をぎゅっと丸め、中には一部が枯れ始めたものも見受けられます。人の手でどれだけ灌水(かんすい)しても、天から降り注ぐ恵みの雨には決して敵いません。


弾力を失ったゴムボールのようになった実は、連日の猛暑にじっと耐え続けています。この先まとまった雨が降れば、一気に水分を吸い上げて実が裂けてしまう「裂果」の恐れもあります。渇水の苦しさと、雨が降った後の不安——農家の葛藤は尽きません。


国内では豪雨に見舞われている地域もありますが、相手は自然。都合よくバランスのいい天候にはなってくれないのが現実です。

見上げれば、どこまでも透き通る青空。思わず「雨、雨、ふれふれ」と口ずさみたくなるほど、恵みの雨を願う毎日です。

#農業 #ミカン農家 #柑橘栽培 #ミカン栽培 #酷暑 #渇水 #水不足 #乾燥被害 #雨乞い #江田島市



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2026-08-07

平和の祈り込めたナイター 赤と緑の新聞掲げピースライン描く

観客一人ひとりが特設新聞を高く掲げ、原爆ドームと同じ高さとなる25メートルの「ピースライン」をスタンドに描き出しました。


「スポーツを通じて平和の大切さを伝え、被爆地・広島から願いを発信する」という思いがスタンドに広がりました。

8月6日、マツダスタジアムで行われた広島対巨人14回戦。今年で19回目を迎える「ピースナイター」を観戦しました。

あの日を追悼するため、球場には半旗が掲げられていました。


5回終了時、スタンドが赤と緑に染まる中、人気グループ「SUPER EIGHT」の村上信五さん(44)と崇徳高校グリークラブが、ジョン・レノンの名曲「イマジン」を熱唱しました。

この日にあわせ、カープの選手・監督・コーチ全員が背番号「86」を着用。グラウンドとスタンドの心がひとつに重なった光景でした。

試合は、カープが2点リードで迎えた7回表、リリーフ陣が崩れ巨人が逆転。その後も追加点を許し、7対11で巨人が勝利しました。広島は最下位転落。平和への祈りが込められた特別な試合は、悔しい黒星で幕を閉じました。


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2026-08-06

爆心地170メートルの記憶 レストハウスが語る8月6日

81年前の今日、8月6日午前8時15分。投下された原子爆弾により、一瞬のうちに多くの尊い命が奪われました。
この建物でも、放射線と熱線・爆風のため、29名が即死したとみられています。


爆心地からわずか170メートル。広島市平和記念公園レストハウスを訪れました。

建物は、エッセイスト阿川佐和子さんの祖父で建築家・増田清の設計による「大正屋呉服店」として、1929(昭和4)年に建てられました。その後、1944(昭和19)年に広島県燃料配給統制組合の本部として使用されていました。

原爆投下により屋根は大破し内部も焼失しましたが、堅牢な鉄筋コンクリート造だったこともあり奇跡的に残りました。現在はレストハウスとして平和記念公園内にたたずんでいます。


3階の展示室には、当時の旧中島地区の街並みが再現されています。原爆ドームよりも爆心地に近い場所にありながら現存するこの建物は、広島原爆遺構として今も記憶を伝えています。


薄暗い地下室へと続く階段を降りていきました。


そこには、ここにいたことで一命を取りとめた野村英三さんの体験が、時系列に沿って展示されていました。


当時の姿のまま保存された地下室には、あの日の痕跡が今も残っています。



昭和20年8月6日に起こった悲劇。復興を見守り続けてきた建物は、あの日の記憶を今日も語りかけていました。

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