海から眺める、明治から昭和へと続く歴史的建造物。
本業と家業の真ん中で、今日もひとり海の上。誰にも邪魔されない、自分だけの空間です。
海風に包まれながら、白い航跡が長く伸びていきました。
穏やかに広がる江田島湾。今から81年前、ここからほど近い場所に、重巡洋艦「利根」と軽巡洋艦「大淀」が停泊していました。
1945(昭和20)年7月、アメリカとイギリスの海軍機による呉軍港空襲。呉市と周辺の艦船の多くが甚大な被害を受け、この2隻も例外ではありませんでした。
松林が広がる海軍兵学校からも、激しい攻撃の様子がはっきりと見えたはずです。
大日本帝国海軍の士官養成を目的とした海軍兵学校は、戦火を免れ、当時の建物が今も残っています。
かつて、イギリス・ダートマス、アメリカ・アナポリスと肩を並べて称された教育機関は、終戦後の連合国軍による接収を経て、1956(昭和31)年に日本へ返還されました。
歴史を刻んできた施設は、現在、海上自衛隊第1術科学校、幹部候補生学校として引き継がれています。
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幸か福岡かふくおかひろし
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