車を走らせること30分。同じ島内にある陸軍海上挺進戦隊慰霊碑に来ました。
戦前にあった船舶練習部隊第十教育隊で、250キロ爆雷を装備したベニヤ製モーターボートにより一艇で一船を撃沈する事を任務として訓練を行いました。
昭和19年9月以降、沖縄、フィリピン、台湾に出撃したほとんどが船舶特別幹部候補生一期生の年少兵。昭和20年8月6日の原爆投下後には、広島市民の救出にあたるため、ここから出航しました。
慰霊碑の背後には、今でも当時の波止場が残っています。
波止場の先には、広島に向かう定期船が走っていました。
多くの少年兵が降りた階段が今でも残っています。
潮が引き、浜辺が現れたので降りました。
沖合いから波が静かに寄せていました。
公式サイト幸か福岡かふくおかひろし email:blogger@fukuoka.am
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