2026-08-06

爆心地170メートルの記憶 レストハウスが語る8月6日

81年前の今日、8月6日午前8時15分。投下された原子爆弾により、一瞬のうちに多くの尊い命が奪われました。
この建物でも、放射線と熱線・爆風のため、29名が即死したとみられています。


爆心地からわずか170メートル。広島市平和記念公園レストハウスを訪れました。

建物は、エッセイスト阿川佐和子さんの祖父で建築家・増田清の設計による「大正屋呉服店」として、1929(昭和4)年に建てられました。その後、1944(昭和19)年に広島県燃料配給統制組合の本部として使用されていました。

原爆投下により屋根は大破し内部も焼失しましたが、堅牢な鉄筋コンクリート造だったこともあり奇跡的に残りました。現在はレストハウスとして平和記念公園内にたたずんでいます。


3階の展示室には、当時の旧中島地区の街並みが再現されています。原爆ドームよりも爆心地に近い場所にありながら現存するこの建物は、広島原爆遺構として今も記憶を伝えています。


薄暗い地下室へと続く階段を降りていきました。


そこには、ここにいたことで一命を取りとめた野村英三さんの体験が、時系列に沿って展示されていました。


当時の姿のまま保存された地下室には、あの日の痕跡が今も残っています。



昭和20年8月6日に起こった悲劇。復興を見守り続けてきた建物は、あの日の記憶を今日も語りかけていました。

#8月6日 #ヒロシマ #原爆の日 #平和記念公園 #レストハウス #野村英三 #大正屋呉服店 #原爆遺構 #平和への祈り #記憶の継承 #広島市


 広島ブログ  幸か福岡かふくおかひろし email:blogger@fukuoka.am

コメントは、当方で確認して公開します。

0 件のコメント:

コメントを投稿