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2026-06-30

横浜の居酒屋に響く「それ行けカープ」 文化放送・小宅アナの父と遭遇

歌い続けて半世紀。横浜の夜に、塩見大治郎さんが歌う『それ行けカープ 〜若き鯉たち〜』の歌声が響きました。


向かったのは、横浜市にある酒場「たぬき」。


店主は広島カープで活躍している名原選手のおじで、青いチームカラーの球団の近くながら、店内は赤一色のカープファンが集う場所です。

この日は雨で試合が中止となりましたが、店内は熱心なファンの熱気に包まれていました。


歌い終えた塩見さんは、求められたサインに快く応じます。


持っている色紙を見ると、為書きは「小宅さん江」。
「息子が文化放送のスポーツアナでして」。その一言に、もうビックリ。


小宅世人アナは、中国放送を経て2025年に文化放送へ移籍。同局では25年ぶりとなるスポーツアナ採用として話題になりました。地方紙で読んだ記憶が一気によみがえりました。

「僕も文化放送フリークでして…」。
2023年に新しくなったステーションジングル「QRソング」をいち早くYouTubeに投稿したこと。浜松町移転後には初代局舎(新宿区若葉)のモニュメントを訪れたこと。さらに、川口送信所から約700キロ離れた自宅で文化放送を受信し、番組グッズも数多く集めていることなど、ラジオ小僧ぶりを存分に披露しました。

広島カープファンが集う酒場で生まれた新たな出会い。
小宅アナのお父さんと、思いがけないご縁が生まれました。

#それ行けカープ #塩見大治郎 #横浜たぬき #たぬき #カープファン #文化放送 #小宅世人 #ラジオ小僧 #出会いの奇跡 #横浜の夜 #RC #JOQR #QRソング



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2026-03-28

万葉の香りに包まれ 人生の終着を思い桂浜に立つ

万葉集の香りを求めて、倉橋島にある桂浜を訪れました。


毎週ラジオから流れる「上野誠の万葉歌ごよみ」は、國學院大学の上野誠教授のナビゲートによる、万葉時代のちょっぴりいい話です。
番組では、先週・先々週と、航海の吉凶を占う役割を担いながら、船内で流行した天然痘に倒れた雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)の物語が紹介されました。


壱岐出身で航海の占いを担っていた雪連宅満は、遣新羅使の船に乗っていましたが、船内で天然痘が流行し、帰郷の地で亡くなったと伝えられています。


巻の十五 三六九〇番
「世の中は 常かくのみと別れぬる 君にやもとな 我が恋ひ行かむ」
この世は常にこのように別れがあるものなのか。別れたあなたを思いながら、これからも恋い続けていくのだろうか。

巻の十五 三六九六番
「新羅へか 家にか帰る 壱岐の島 行かむたどきも思ひかねつも」
その魂は、新羅へ向かうのか、都の家族のもとへ帰るのか。壱岐の島へ向かう術さえ、思い浮かばない。


国を背負った旅は、多くの命を失いながらも、なお目的地へと向かいました。

彼岸も過ぎ、気がつけばあっしも御年62歳。



遣新羅使ゆかりの地に立ち、万葉の風を浴びながら、いずれ訪れる人生の終着点に思いを寄せました。

#万葉集 #桂浜 #倉橋島 #遣新羅使 #上野誠の万葉歌ごよみ #万葉 #雪連宅満 #伊吉宅麻呂 #MBSラジオ



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2026-01-13

久米宏さんの訃報に触れ よみがえるラジオとテレビの記憶

久米宏さんの訃報に触れ、あの軽妙な語り口とともに、私の記憶にあるラジオとテレビの情景が鮮やかに蘇ってきました。

1982年10月10日。 収録した大量の短いビデオ映像を、「およそ10コーナー・各3分ほどの速いテンポで連発する」というマガジン形式で構成した、テレビ史上画期的な番組「久米宏のTVスクランブル」が放送を開始しました。


中学生の頃に聴いていた「三菱ふそう全国縦断 ひろし・あきらの朝ですよ!」。石川顯さんと日替わりで担当されていました。にわとりの鳴き声とともに始まる軽妙な語り口は、今でも続く『ラジオ小僧』になるきっかけの一つでした。


TBSラジオでは、土曜日の生ワイド番組でメインパーソナリティも務めていました。
埼玉県戸田市の送信所から放たれる電波は、白昼の広島では受信できず、もどかしい思いをしたことを覚えています。


「TVスクランブル」のエンディング、宮島の上空をゆく空撮映像とともに番組が幕を閉じる光景は、今も脳裏に深く焼き付いています。



収蔵している、40年以上前のTBSラジオと広島テレビのタイムテーブル。久米さんの訃報に触れ、改めて見返す色褪せた紙面には、輝きに満ちた時代の空気が今も息づいていました。



#久米宏 #TVスクランブル #TBSラジオ #広島テレビ #ラジオ小僧 #番組表 #タイムテーブル #追悼


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2025-11-01

七色の声を追いかけて 吉田治美さん、星空の22年

「治美ちゃん久しぶり。おかありありませんか?遠い遠い星空で、七色の声を届けていますか?」。

山口のスター、吉田治美さんが本当のお星さまになって22年目の命日を迎えました。


先日、1年ぶりに墓前に手を合わせて、近況報告をしました。



山口放送(KRY)のアナウンサーだった治美ちゃんが担当した番組は、当時のローカルラジオ局としては数少ない、本格的なエンターテイメント番組でした。

写真は、1981年12月1日にスタートした「治美のワッショイ!!にちようび」で撮影したものです。


毎週日曜日午後3時から放送されていた「治美姫じゃ」にダイアルを合わせ、番組に夢中になったラジオ小僧の一人です。郵便しか手段がなかった時代に、毎週投稿していたはがき職人でした。番組に採用されることが、何よりの楽しみでした。

治美ちゃんの幼い頃は、雑音交じりのラジオに耳を寄せ、こたつの上をステージに見立てて美空ひばりさんを真似ていたそうです。友達から「上手じゃねぇ」と言われるほどの歌声だったとか。

突然の訃報を聞き、斎場に駆けつけたあの日から、もう22年。あの時の胸の痛みは、今も鮮明に覚えています。



ラジオ小僧だった青春時代。治美ちゃんは、私の人生に素敵な影響を与えてくれました。
20年以上にわたっていただいた直筆の手紙は、今も時を超えて輝き続ける、私の大切な宝物です。

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2025-03-22

ラジオ放送が始まり100年 一世紀前と同じ受信する「ラジオ小僧」

ラジオの送信アンテナをかすめて、アストラムラインが走り抜けました。


今日は、日本のラジオ放送が始まり100年の記念日。NHK広島放送局「NHK祇園ラジオ放送所」に来ました。


137メートルの送信アンテナから広島地方約100万世帯に電波を届けています。


1945年8月6日、広島市に原子爆弾が投下され広島中央放送局の局舎が壊滅し多数の職員らが犠牲者を出しましたが、生き残った職員がここに集められ、8月7日から放送を再開しました。

ラジオの送信所も、時代とともに刻んだ歴史があります。


海を飛び、山を越えた電波を受信する中波の醍醐味。最近は、インターネット経由で高音質な放送が聴こえる便利な世の中。「ラジオ小僧」は、一世紀前と同じ受信スタイルで混信をものともせず放送を聴いています。

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2024-11-23

山口放送大津島ラジオ送信所 全国に先駆け県内全域中波停波

海の向こうに、大きな送信所が見えてきました。


今日はラジオ小僧にとって特別な日。アジア諸国の混信対策でチャンネル数を増加させるため、1978(昭和53)年11月23日午前5時に、ラジオの周波数が10キロヘルツ間隔から9キロヘルツ間隔(9キロヘルツセパレーション)に変わりました。今日は、46年回目の記念日です。

先日、山口放送大津島ラジオ送信所に行きました。

山口放送ラジオの中波送信設備の本局。県東部の広範囲に電波を発射していました。

今から46年前は、周波数940キロヘルツから765キロヘルツに変更しました。


近くに中継局があるにもかかわらず、自宅からおよそ70キロ離れたこの地から発射される電波の受信。自分の人生に大きな影響を与えてくれた番組を聴いていました。


対岸の横島にアンカーが配置されステーされています。


今年の7月29日に、ここからの送信が終了。山口放送ラジオは、全国の民間放送に先駆け県内全域の中波を停波しました。来年1月31日まで試験運用をして、その後は廃止。補完エフエムを本格運用して、FM放送局としてスタートします。



今後、中波を発射しているほとんどの民間放送でも停波が続き、2028年秋までに、エフエム放送になる予定です。

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2024-01-12

NHKアナログテレビ送信所 携帯基地局として電波送信

空に向かって高い鉄塔が伸びていました。


江田島市沖美町三吉の丘の上に立つ鉄塔。アナログテレビ放送のころ、ここから、NHKの電波が出ていました。

NHK総合テレビ61チャンネル、NHK教育テレビ59、出力0.5ワットでNHK沖美三吉テレビ中継放送所から2波の電波を出していました。


「NHKアイテック」と貼られたシールが当時の名残りでしょうか。


ラジオ小僧だったころから、テレビ・ラジオの放送技術をちょいと勉強しました。

NHKで放送技術の仕事をしている知人にアンテナを見てもらうと、テレビの送信アンテナは取り外されているとのこと。


デジタルテレビ放送移行に伴い役目を終えた送信所。携帯の基地局でとして、第二の人生を歩んでいます。高い丘からは、穏やかな瀬戸内海が広がりました。



#NHK #アナログ #テレビ #送信所 #携帯 #基地局 #第二 #人生 #江田島市


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