2014-03-22

復興支援で気仙沼派遣

 復興支援のため、4月から1年の予定で気仙沼市に派遣されることとなった。

 震災発生当時から、遠く離れた場所で起こっている映画を見ているような錯覚に陥っていた。

 震災直後、声高に響いていた「絆」「がんばろう日本」というキーワードも、がれき処理が自分の街に及ぶと分かると遅々と進まなかった状態は記憶の新しいところだった。

 「本当に他人事でいいのかな?」と自問自答する日々。

 月日が過ぎる中、「いつか自分事」と思う日々が続く中、今回の派遣が決まった。

 打診があったときは心が揺れ動いたが、心の許せる友人に相談。異口同音に軽く背中を押してくれ決心がついた。

 上京すれば、いつも新宿ゴールデン街に立ち寄るスタンドがある。気仙沼出身のママは生島ヒロシと同級。名物のそばに舌鼓を打ちながら気仙沼の話に話が咲いていた。
 遠い遠い国の話だと思っていたが、自分がその地に向かおうとは。これも何かの縁だと感じた。

 来月には気仙沼での生活がスタート。右も左も分からぬ地に不安と戸惑いもあるが自分が選んだ道を歩んでみたい。


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