2018-03-24

不慮の事故で入院 院内で誕生日気分も前向きに

呉市内が望める大きな窓が、朝の光を映し出しました。
病院内にある食堂のいすが、光を浴びて光景に、なんちゃって美術館と思えるほどでした。

「どうかしたんですか?」

これまで、欠かさず行っていたブログの掲載が3月16日(金)を最後にバッタリと途絶え、安否を心配した人から、連絡が入り始めました。

17日(土)、カメラ片手に船に乗り、そのまま海に。そのとき、思い起こすと今でもゾッとする不慮の事故にあい、病院に担ぎ込まれました。
人生の一大事に医師は冷静に「右示指末節骨開放骨折」と診断され、入院生活となりました。

感染予防のため、抗生物質の投与。一滴一滴に静かなときが過ぎました。

標高737メートルの灰ヶ峰が見える病室の窓を見ながら、「あのときの1分でいいから、タイムマシンで戻りたい」。最悪の場合も考えながら、スパイラル状態に陥りました。

院内で21日を迎え、ショートケーキでささやかな誕生日のお祝い。
誕生日のお祝いメッセージの返信を考えながら、少しずつ気分も落ち着きました。

術後の経過も良好で、入院1週間後の今日、退院許可が。
完治まで、道のりは長いですが、明るく前向きに生きようと。
見上げると青い空に桜が光っていました。1週間でこの辺りも春の香りに包まれていました。



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2018-03-16

まち歩き探して東へ西へ 島の中にささやかな場所見っけ

消えかかった「和服丸洗い(ドライ)きものしみぬき」の看板が目に入りました。

主要道路から一歩入った路地裏。このあたりも道が広くなり、路地裏を見ることが少なくなりました。

醸造元の裏に続く路地。この先、どこままでも延びています。

道路をまたぐ高い橋。このような光景は、島に数えるほどしかありません。

木立でうす暗くなった長い階段の先に別な世界が広がっていました。

路地裏、まち歩きができる場所を探して東へ西へ。島の中もささやかな場所がありました。



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2018-03-15

イノシシ箱わなに すさまじい臭い独特の音

イノシシとの目が合いました。

「ドスーン、ドスーン」近所の道を歩いていると大きな音が。

その方向に行くと、イノシシが箱わなにかかっていました。

狩猟免許を持っている家人が仕掛けたもの。人影を見ると、箱わな体当たりして逃げようとします。

数十年前に本土から島へたどりついたものが次第に繁殖し、島中に生息域を拡大しました。

農地はイノシシの被害防止のため。柵に囲まれた田畑で農業を営んでいます。まるで人間動物園状態です。

写真からは伝わりませんが、獣が発せられるすさまじい臭いと独特の音。
近くによるのが怖いほどでした。

人間にも被害が及ぶので、このあと、イノシシには気の毒なことをしましたが・・・。



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2018-03-14

桜の花が光る朝 春の陽気に包まれる

春の光を浴びて、桜の花が光っていました。

ここ数日来の陽気で、瞬く間に、島も春真っ盛り。

この木は、今が盛り。一年の数日、華やかな姿を身にまとっていました。

出遅れたつぼみもほころび、ここ数日で開花を迎えます。

鳥がイタズラをしたのか、道に花が落ちていました。

あっという間に来た春の陽気。
本土よりもちょいと暖かい島の朝、一足早く春の光に包まれました。



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2018-03-13

タグボート整備で陸揚げ 現役復帰も間近

操舵室越に朝日が差し込んできました。

タグボート「第五豪丸」が点検のために陸揚げしていました。

朝日が海面に光っていました。

見上げると船首にあるいかりが。

もともとは、山口市秋穂町からこの地で新たな人生を送っていました。

汚れが落とされたかじとスクリューもスッキリ。

整備も進み、現役復帰も間近です。



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2018-03-12

「矢印の木」葉が落ち空見える 緑に変わる春待ち遠しい

葉で覆われていた木も、冬が深まるにつれバッサリ。

木々の間から空を眺めるには十分な空間が広がっていました。

あっしが勝手に命名した、天に向かって「矢印の木」あろうことか「ARROW TREE」に再び来ました。

初冬では真っ赤だった木も、今は枝を残すだけ。

夏には緑で覆われていた来も、季節で表情が変わります。

ウグイスの鳴き声も日増しに盛んになり、小さな春がそこまでやって来ています。

「矢印の木」も春の準備をしているはずですが。春が待ち遠しくなっています・・・。



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2018-03-11

「地震があったら津浪の用心」 先人たちの伝承大切さ知る

「地震があったら津浪の用心」。東日本大震災ではなく、今から約80年前1933 (昭和3) 年3月3日に釜石市の東方沖約200キロを震源としてマグニチュード8.1で発生した「昭和三陸地震」の石碑。


東北地方の宿命とも言える津波を伝承する石碑がいたるところで見られます。


「地震があったら・・・」。先人たちは、悲惨なことを後世に伝えるために石柱や石碑に刻んできました。


1896(明治29)年6月15日釜石市の東方沖約200キロを震源としてマグニチュード8.2強で発生した「明治三陸地震」は死者・行方不明者21,959人を出す大惨事となりました。

このとき各地の震度は2~3程度。緩やかな長く続く震動であったが誰も気にかけない程度の地震でした。

津波の高さ38.2メートルあり、本州で観測史上最高の高さとなりました。

その場所が、大船渡市三陸町綾里(りょうり)。平成6月に建設された碑文があります。

「犠牲者の惨状は名状すべからず、村役場で生き残った村長一人」。
揺れが小さいので油断すると大変な災害がおこった「明治三陸地震」の惨状を伝えています。



7年目のあの日。東北の生活で記録した7万枚の写真を振り返りながら、先人たち伝承の大切さを改めて認識しました。


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