2013-08-06

日本の原爆開発

 今日は68回目の原爆記念日だった。

 スパコン「京」を開発した独立行政法人理化学研究所が太平洋戦争中、原子爆弾の研究・開発を行っていたことを読んだことがある。

 開戦直後から「ニ号研究」として研究を進めるが、研究資材の不足と原料のピッチブレンド(閃ウラン鉱)もドイツからの調達が頓挫。昭和20年のアメリカ軍の空襲で設備が焼失たため夢と消えた。

 科学の進歩は戦争と錬金術と聞いたことがある。ひょっとしたら、日本が原爆の加害者となっていたのかもしれない。

 帰る途中、キョウチクトウの花を見かけた。原爆で70年間草木も生えないと言われた広島の焦土にいち早く咲いた花だった。時が経つに連れ、風化しないように、自分を見つめていたい。


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