岩手県一関市に「菅公夫人の墓」の看板が目に入った。
「菅公夫人?」
興味津々に訪れると、「菅公」は、菅原道真の別名だった。
日本の四大学生服メーカーの一つ、岡山県に本社を置く「カンコー学生服」。菅原道真公を由来とし、正式社名も菅公学生服株式会社と変えたという。
菅原道真は、手腕が認められ醍醐天皇から右大臣に任じられたが、左大臣 藤原時平の政略により大宰府に突如左遷された。
菅原道真の死後、京の都は数十年にわたって『菅原道真の祟(たた)り』と総称される出来事に見舞われるほどの人物。
夫人は岩手県に流され、延喜6(906)年、42歳でこの世を去ったという。
その墓が、ここに祭られていた。
境内の奥にひっそりとたたずむほこら。太宰府天満宮から寄贈された紅白梅をはじめ合格祈願の絵馬など、東北の地にも学問の神様がいた。
俳優の菅原文太さんが泉下の人になって半月がたつ。
「菅原」という苗字から、菅原道真が祭られている福岡県の太宰府天満宮祖霊殿で家族葬が執り行われた。
仙台に生まれ、広島にゆかりのある菅原文太さんを考えていると、ふっと頭の中をよぎったので、備忘録として・・・<(_ _)>
公式サイト幸か福岡 ふくおかひろし
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